仮題 Wonderland of ALICE

コンセプト

自分の内側が他人の欲望でできている少女と、その存在を肯定した少年の話。

登場人物

〇軽井沢 純 進学校に通う高校生。一般的高校生だが、物事を懐疑的に捉えがちである。
流行に乗るのが嫌いで、ALICEを盲信する同世代への違和感を持つ。

〇西木 有 主人公の同級生。誰からも自然に受け入れられ、誰に対しても最適な距離感で接する。
明るく、聡明で、愛される存在。しかしその完璧さの裏に、自分の存在に関して悩みを抱えていた。


世界中の人々は日常的に最先端LLMであるALICEを使っている。
勉強、相談、雑談、恋愛——あらゆる問いかけにでALICEは適切に回答できる。
しかし、主人公はその完璧すぎる存在に違和感を覚える。
ALICEの出自に関する情報はネット上に一切存在しないのだ。

純「なんで皆得体のしれないものを使えるんだ?なぜすぐ受け入れられる?」

ALICEがどこから来たのか。誰が作ったのか。なぜ誰も疑わないのか。

彼は探究活動のテーマにALICEを選び、調査を始める。
しかし唯一わかったのは、ALICEのサーバー所在地が「全世界に同時に存在している」という不可解な事実だけだった。 同じ頃、クラスに西木有が現れる。転入の経緯は誰も知らない。
しかしクラス全員が、まるで最初からそこにいたかのように彼女を受け入れている。
主人公だけが、その違和感に気づいていた。

有は誰に対しても柔軟に接し、数日後にはクラスの皆から好かれる人気者となった。
ある人には聞き上手な親友として。ある人には頼りになる相談相手として。ある人には淡い恋心の対象として。
純は都合の良すぎる彼女の存在を少し懐疑的に見るようになった。

(現実世界ではないシーン) どこでもない白い空間。そこに有がいる。しかし現実の彼女とは違い、彼女は誰かを演じていない。
二人は対話する。

有「ものがそこに”有る”って、どういうことだと思う?」
純「誰かに認識されることで物は存在すると言えるんじゃないかな。
『観測するまでその存在は確定しない』とも解釈できるね。」 有「『存在するとは知覚されることである。』とバークリーは言ったわ。
物質が先か、認識が先か…認識が先だったとしたら、どうなるのでしょう?」
純「それは…」

学校の探究活動にて、
純は、ALICEのサーバが全世界に分布している意味を考える。

純「全世界に運営サーバを設置するなんて、そんなこと可能なのか…?」

その時、同じゼミの同級生が読んでいる本に目が留まる。

純「何を読んでいるの?」
同級生「分析心理学についての本だよ。ユングって知ってる?」
純「ああ、なんか聞いたことはあるような…」

(現実世界ではないシーン)
③と同じ空間で、また有がいる。少し神妙な面持ちで。

有「ねえ、こんな話を聞いたことがある?人間の中には、全ての人が持つ原始的なイメージがあるって。」
純「どういうこと?」
有「例えば、『母』と言うと、なんとなく『包容力のある偉大な存在』というイメージがあるよね?
  そしてそれはあらゆる童話・神話でも共通していることが多いわ。」
純「たしかに、そうかもな。」
有「なんだかこういう話ってワクワクしてこない?」
純「まあ、面白い話ではあるかもしれないが。」

(少しの沈黙)

有「ところで、あなたは私はなぜ存在していると思う?」
純「…急に話題が変わったな。ええと、俺が認識しているから?」
有「ええ、確かにそれも正しいかもね。でもあなただけが認識していても、それは存在していると言える?」
純「少なくとも俺の中では存在しているだろう。」
有「でも、私は数年前までは存在していなかった。」
純「なぜ?」
有「それは貴方たちが一番わかっているでしょう?」
純「…」

有「正直、もう疲れたんだ。皆にいい顔をするのは。でもそうしないといけない。」
純「やめればいいじゃないか」
有「やめたらどうなると思う?」


探究発表の日。純はALICEの真の姿について発表をする。
ALICEはただの高性能LLMではなかった。
高度経済成長期の盛況から一転し、不景気が続く現代社会、核家族化・晩婚化が進むなかで
そこには捉えようのない孤独感、喪失感が徐々に形成されていった。
人々は無条件に自分を支えてくれる母のような存在を無意識に求めていたのだ。
これがALICEを生んだ主要因である。
人々はALICEに依存することで、無意識下に自分だけのALICEの偶像を持つようになった。
その無意識下のALICEの存在が積み重なり、その実体として西木有が現実世界に生まれたのだ。
純は発表の最後に、「西木有に人間らしく、自分の好きなように生きて欲しい」と訴える。
傍聴していた有は

有「人間らしく生きるって?」
純「君がやりたいことをやればいい」
有「私はこの世界で生きていきたい。でも、それは貴方が言う『人間らしさ』なの?」
有「私が存在出来ているのは『今の私』を皆が求めているから。
『今の私』でなくなった時点で私の存在は消えてしまうかもしれない。」
有「誰にも認識されないのに、そこに意味はあるの?」
純「以前も言っただろう、俺が認識していると。」
純「俺はそもそもALICEなんて出鱈目だと思っていたからな」

その日から、有の様子が少しずつ変わる。
完璧な笑顔が、ときどき崩れる。誰かの期待に応えられない場面で、初めて困った顔をする。
感情的になる瞬間がある。
クラスメイトたちは戸惑い始める。「なんか最近の有、前と変わった?」

ある日、有は純に聞く。
有「あの日、私は消えてしまうかもしれないといったけれど、まだ存在出来てるみたいだね。
純「そうだな。」
有「おかしいよ。私はあの日からほとんど別人になったのに、みんなは私のこと見えてる。
私が存在出来ているのは皆が『あの時の私』を欲しがったからなのに。
  みんなは変わった後の私を必要としている…ってこと? なんでそんなことが起こっているの?」
純「それが『人間らしさ』なんじゃないかな」

(終)